なだらかな起伏美し木遣坂〜坂めぐり その二

今回は木遣坂(きやりざか)をたずねます。

例によって便利なアンチョコ『わがまち浦和』から引用。
「昭和五十九年の坂道愛称募集で命名された。近くで市指定無形文化財である
木遣歌がうたいつがれているため「木遣坂」と名づけられた。」

その「木遣歌」(きやりうた)とは、市の公式ホームページによると、
「木遣歌は、木材など(を)大勢で運搬する時の掛声から生じた作業歌で、
江戸時代に鳶職の芸能として発展しました。」
とあります。

白幡一丁目に居住する鳶職(とびしょく)の方が、浦和木遣保存会をつくり、
江戸木遣の流れをつぐ当地の木遣歌の保存につとめた、
という経緯があり、そのゆかりで木遣坂となったようです。

近所に歌いつがれている労働歌にちなんで坂の名とするとは
昔のひとはなかなか風流なものですね。

この木遣歌、今でも消防の出初式(でぞめしき)や浦和まつりなどで
聞くことができるそうですが、実際どんな歌なのか一度聞いてみたいものです。

さて、坂道めぐりに戻ります。

実はこの木遣坂、前回の曲坂(かねざか)からごく近いところにあります。
曲坂は、市を南北に走る国道17号線のすぐ西側に位置し、
木遣坂は、国道17号線をはさんで反対側にあります。

まずは、国道17号線近くの白幡沼を目指しましょう。
住宅地に囲まれて、ぽっかりと水面が開けています。

c0238060_15382739.jpg

南区内では数少ない貴重な水面ですが、水量が少なく、いささか残念。
でも、池をめぐる遊歩道はよく整備されていて快適でした。
が、この池にはカッパがいたのです。

c0238060_956084.jpg

沼のほとりに立つ看板です。
「遊ぶな危険」という看板ですが、それにしても、この人相、
いや、カッパ相が悪い。

というのは現代の話ですが、大昔、このあたりにはカッパではなく
巨人がいました。その人が大雨の日に足を滑らせて手をついた。
その手の跡に水がたまって沼となり、
かつては「拳ヶ池」(こぶしがいけ)とも言われた、そうな。

東日本の各地に、こうした巨人伝説が残っていますね。
ダイダラボッチ、ダーダラボッチ、ダイダラ坊などに類する名前の巨人が
あちこちに出没して、沼や山の形成に一役買ったことになっています。
窪地は、彼または彼女の足跡からできることが多いのですが、
白幡沼は手の跡でした。

んん? ダイダラの窪地? どこかで聞き覚えがあるような。
太田窪?(だいたくぼ)……(苦笑)

読者諸賢ヨ、笑フ勿レ。
ちと無理があるよなあ、と思うでしょうが、
『浦和市史 民俗編』という分厚い本にちゃんと出ています。

(さいたま市内の)「太田窪という地名は、
戦国時代の文書、記録にすでに見られ、
非常に古い地名であることが知られる。
読み方もはじめから「だいたくぼ」である。
その地名のいわれは今に伝えていないが、
巨人伝説ダイタ坊(ダーダラボッチ)に由来する
と思われる。」(793ページ)

どうです。
そう、太古の昔さいたまは、巨人の国。

さて、現代に戻って、
白幡沼の遊歩道を北に抜けると、岸町小学校の正面に出ます。
そこを右折すると登坂になり、登りきったところが浦和商業高校の正門。
今回の目的地、木遣坂は、その正門から北に向かって下って登る道です。

この坂はゆるやかな曲線を描いて、うねっています。
遠くまで見通せて、自転車で滑り降りたいような坂道です。
気持ちのいい風が吹いていました。

c0238060_1538271.jpg

さて、坂道の名称表示板は残っているでしょうか。
ちょうどこの坂の底の部分にありました。

c0238060_15382776.jpg

カメラは水平に構えています。
が、地面は右側に登っています。
また、表示板の支柱は、ふんぞり返っています。
しかし、後ろの建物は正しく垂直に立っています。

昭和59年に立てられた標識で、築28年。
よく残っているというべきでしょうか。
ちなみに、後ろの建物は関東農政局さいたま庁舎です。

これで坂めぐりは21分の2が終わりました。
以下余談。

これ以上坂道を増やす気はないのですが、
ここに来る途中登ってきた坂道がなんともいい感じでした。
繰り返しになりますが、岸町小学校の前から浦和商業高校正門前までの坂道。

この坂も、下って登る道で、向こう側を登りきると
国道17号線にぶつかり、別所坂下交差点になります。

浦商正門から見比べると、さきほどの木遣坂は
幅広い道がゆるやかにうねり、その曲線が美しい。

一方、こちらの坂は道幅が狭く、直滑降のようにまっすぐに落ちて、
その勢いのまま、まっすぐに登るように見えます。

c0238060_15382746.jpg


自転車を押して登ってくる人が似合う坂でした。
昔は行商のひとを泣かせた坂か。
わたしは、ひそかにこの坂を浦商坂と名づけました。
(写真の奥が国道17号線方面。)

c0238060_15382742.jpg
Yahoo! JAPANの地図を拝借しました。
(ひげG)

by saitamacitypr | 2012-08-10 09:56 | まちの話題 | Comments(0)


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